2011年3月11日
東日本大震災で被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
報道を見る度に涙があふれる想いで心が痛みます。
津波等で亡くなられた人が沢山いらっしゃいますが、ペットはどうしたのだろうか?報道には殆ど流れていませんが、きっと沢山の動物達も亡くなったことでしょう。
避難所で飼い主と共に避難生活をしているペットの姿を見ると、ああ、良かった。と少し心が和みます。
私たちには義援金の募金などでしか応援することが出来ませんが、一日も早く復興されることを心から祈ります。
さて、地震当日ですが、私は本部役員の方達とドン・イタリアーノでランチをしていました
従業員の指示で皆テーブルの下に隠れていました。
隠れながら、震源地は東北に違いない。かなり強い揺れで、東北はいったいどうなっているのだろう。と揺れながら考えていると、ふと、ルルはどうしているかとても心配になりました。
怖がりのルルだから、きっと怯えてるに違いないと思い、揺れが一旦治まって店の外に非難し、お金を預けて先に家へ帰らせてもらいました
家にいたおばあちゃんの話によると、揺れが来てルルを探しにリビングを覗きに来てくれたのですが、いくら声を掛けても出てこないと思ったら、ダイニングテーブルのイスの下とカウンターの隅っこでブルブル震えながら縮こまっていたそうです
そんな時に傍にいてあげられなくて、可哀想な事をしました
帰って真っ先にルルを抱きしめてあげました
ソファーに腰掛けながら膝の上にルルを乗せていると、余震が・・・
余震がある度に震えて、余程怖い思いをしたようです
ルルも落ち着いてきたので、今度はナオヤを迎えに小学校まで自転車を飛ばしました
学年委員さんより本部に、小学生は校庭に避難したと副会長さんにメールが届いていたのでひとまず安心。
ナオヤの通う小学校は一昨年前に古い校舎を建て替えて、もう一つの校舎の耐震工事、昨年は体育館の耐震工事を終えたばかりだったのでとりあえず安心です。
でもナオヤの顔を見るまでは落ち着かなく、少しでも早く着く様にと、自転車を思い切り漕ぎました
校門から続々と子供達が下校してきました。
どうやら一斉下校のようです。
子供達は上履きのまま、上着も着ずに校庭で一時間も非難していて(帰宅するにも家の鍵が教室にある子は担任の先生が持ってきたりした為)、ランドセルも教室に置いたままそのまま下校です
電話も繋がらない為、緊急連絡網も全く機能しませんでした
何の為の緊急連絡網なんだか、検討していかなければいけませんね。
ホッとしたところでユウタのことをすっかり忘れていました
一応学校に顔を出して急いで家に戻ってみると、ユウタも帰っていて、ナオヤよりも先に帰宅したようです。
そういえば中学校の方が耐震が危なかったのです。
ユウタの話だと、球技大会の練習が始まる時間で、丁度校庭にいたそうなので真っ先に非難できたようです。
すると体育館のガラスが3枚割れ、校庭にもひびがはいったそうです
中学校は耐震工事を来年度予算を組む意向のようでしたが、来年度工事を決定したそうです。
さて、ルルパパはどうしていたかというと、貿易センタービルの33階にいたらしく、かなり揺れたそうです。死ぬかと思ったと電話が繋がったときに言ってました。
電車が止まってしまい、この日帰宅難民が2万人いたそうですが、ルルパパもその内の一人となり、職場に泊まりました。
携帯や固定電話などの通信機器がまったく繋がらず苦労しましたが、実家(横浜)の母と兄(茨城)や義姉(秋田)とも連絡がつき、皆の無事も確認できました。
地震当日の夜は神経が高ぶっていたのか良く眠れず、夜中に何度も眼が覚めてしまいしました。余震もありましたしね。
被災された方達も眠れない夜だったことでしょう。
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